8月31日(水) ローテンブルク 晴
ミュンヘンからフランクフルトへの移動の途中、ローテンブルクに立ち寄り研修を行った。ロマンチック街道のフィナーレであるノイシュバンシュタイン城とハイライトであるローテンブルクの二大ポイントを押さえたことになる。
ローテンブルクは城壁で囲まれた街であり、ヨーロッパの多くの街が城壁で囲まれていて、その城壁が残っている街である。城壁をくぐると、そこには中世の街が広がっており、添乗員さんと主要ポイントを歩いた後は、自由研修となった。
日本大学文理学部の学生たちの研修旅行を引率教員が記録した旅行記です。
ミュンヘンの宿は、ミラノと同様に郊外にあり、市内研修を終了後(夕食後)、バスで移動し、ホテルにチェックインとなった。宿泊したのは、Merucure Hotel Orbis Munich South
アメニティーとしては、髪の毛とボディー用の共通液体石鹸がバスタブのところにあったが、それ以外に固形石鹸やシャンプーも置いてあった。
朝食に関しては、こちら
8月30日(火)午後 ミュンヘン 晴
午後はフッセンからミュンヘンに移動して研修を行った。まず、訪れたのはニンフェンブルグ城である。
ミュンヘンの研修においても現地の日本人ガイドのお世話になった。ミュンヘンに在住している方なので、ミュンヘンは私が昔住んでいたウルムも近く、共通の知り合いが居たことにも驚いた。(世界は広いようで狭いのです。)
郊外にあるニンフェンブルグ城から市内に移動し、バイエルン州立歌劇場、新市庁舎、フラウエン教会などを見学した。
その後、夕食を含めて自由研修となり、ミュンヘンといえばビールの本場ということで、我々はホーフブロイハウスに出かけた。
フッセンでの宿泊はEuro Park Hotel Internationalであった。前の記事でも述べたがwifiが5ユーロと有料であったため学生によっては節約し、一晩の連絡をあきらめた者もいるであろうと思われる。
アメニティーはインターラーケンの宿と同様にシャンプー・ボディーソープ・ハンドソープが一体になったタイプである。
宿のE階(地上階)にBARがあったので学生たちと夜、立ち寄ってみた。おばあちゃんが一人で切り盛りをしていて、”Can you speak English (Koennen Sie Englisch sprechen)?”と尋ねると”No (Nein).”という返事が、返ってきて、メニューもドイツ語のみ、学生たちにとっては、英語が全く通じない世界を体験できたのではないでしょうか。(もちろん、私が通訳しましたが・・・)
ユングフラフヨッホより登山鉄道でグルンデルワルトまで下山した後は、バスでの長距離移動であった。その途中、スイスからオーストリアを経由し、ドイツへと入国した。スイスはシェンゲン協定に加盟したのが遅く、それまで国境にはパスポートコントロールがあった。(昔、ドイツ留学時は、スイスにスキーに行くには長蛇の列のパスポートコントロールに並ぶ必要があった。)その名残でスイスからオーストリアの国境は国の両サイドにゲートがあり(無人であったが)、国境を通過している感覚は若干ある。
しかし、オーストリアとドイツの国境は、日本で都道府県をまたぐような感覚であり、ほとんどの学生が、その看板を見逃したのではないであろうか。高速道路移動中になんとか写真に収めることができただけなので、写りが悪くて申し訳ないが、ユーロのマーク(星を円状に並べたもの)の真ん中に「ドイツ」との記載のある。この看板が国境を意味しているのである。
途中、休憩を挟みながら、6時間ほどかけてドイツのフッセンという街に辿りついた。到着したのが夜8時でホテルで夕食となったが、日本風カレーライスや料理も魚料理で、日本食を欲する気持ちを少しは緩和できたのではないだろうか。
(追記)
今回、宿泊したホテル「ユーロ パーク インターナショナル」はwifiが有料であり、学生によっては申し込まなかった人も多いと思います。(これまでのホテルは無料だった。)そんな理由で連絡がなかったとしても心配しないでほしいと思います。
8月29日(月) ユングフラウヨッホ 曇一時晴
インターラーケンをバスで出発し、Lauterbruunenから登山電車に乗った。
途中、Kleine Scheidegg駅で登山電車を乗り換えるとき、ユングフラウJungfrauやメンヒMoenchの山頂が、ほぼ望め、これから向かうユングフラウヨッホの展望台も見え、天気がこのまま持つことを祈った。
Kleine Scheidegg駅からの登山電車では、2度ほど途中下車をした。アイガーEigerの北壁では、霧がかかって視界がいまいちであり、山頂の天気を気にしての乗車であった。
ユングフラウヨッホJungfraujoch, Top of Europe に到着したのきの風景がこちら。
登山鉄道を降り、エレベーターでスフィンクス展望台に登ったときの写真である。アイガー・メンヒ・ユングフラウの各山頂に雲がかかることもあるが、展望台は晴れ。日光が照りつける暖かいと思えるような最高のコンディションでした。
山頂以外にアレッチ氷河もしっかり望め、ホテルを出発するときにチェックした天気予報「曇り部分的に晴」が外れたのか、部分的の部分だったのか、どちらにしても非常に良い研修となった。
天気が優れなかった場合にも楽しめるよう設置してある展示をTOURの矢印に従って進み、再び、登山電車で下山した。ちなみに富士山5合目郵便局から寄贈された日本のポストに絵葉書を投函した学生も多く、ちょうど、集配の瞬間を写真に撮ったので、1週間程度で葉書が届くでしょう。
スイスではインターラーケンに1泊しかしないのだが、その滞在先Hotel CRYSTALを紹介する。別の日本人観光客の団体ツアーと遭遇するほど、日本人によく使われている宿のようです。
シングルルームはバスタブなしのシャワーのみの部屋でした。
アメニティーは、こちら。髪の毛、手、全身洗い用の共通液体石鹸です。ドイツ語文化圏の合理性が、ホテルのアメニティーにも表れています。
たまたま、学生の部屋に入る機会があったので、ツインの部屋の様子も撮影しました。こちらの部屋はバスタブのあるタイプです。バスタブの有る無しなどは、日本人にとっては重要なポイントかもしれませんが、何人寝れるか(ベッドの数)しか重要ではないので、どんな部屋になるかは運・不運です。
ローヌ氷河を研修後は、フルカ峠からグリムゼル峠を抜け、インターラーケンに入った。インターラーケンでの夕食は、全員集まっての郷土料理であるフォンデュ・ブルギニオンを食した。ミートフォンデュとかオイルフォンデュという言い方もある料理で、チーズフォンデュの場合はチーズが苦手な割合がある程度見込まれる団体旅行では採用されることが少ないようで、チーズの代わりにオイル、パンの代わりにお肉を使った、一種の鍋料理である。研修5日目となり、参加学生が打ち解け合い始めている様子が伺える。
アンデルマットで昼食をとった後は、フルカ峠に向かった。フルカ峠ではローヌ氷河の中に入ることができた。
氷河の中に入ると、氷河が青く光っているのである。この研修に物理学科の私が引率しているので、氷河が青く見える理由が、空が青く見える理由と同じだろうと解説し、光のレイリー散乱が関与していることを説明したのだが、こんな説明は、ドイツ語より難解に聞こえていたように思える。